Episode 1 自動運転の未来へ
今回、カスタマーパフォーマンス&CAE・実験技術開発本部の橋本 竜治さんに、自動運転に関連する技術についてお伺いしました。
橋本さんはどのようなお仕事をされているのでしょうか?
一番初めに「プロパイロット」※1が搭載された「セレナ」での、運転支援技術の開発に携わりまして、それからずっと自動運転につながる運転支援技術を担当しています。
実はその「セレナ」に搭載する前から、日産では運転支援技術の研究は行われていましたが、初めて正式に「セレナ」で実現していくのはかなり大変でした。
その後も「スカイライン」に搭載された「プロパイロット 2.0」※2や、「日産 アリア」での運転支援技術も開発を担当しています。
初めて「プロパイロット」を使用した時に驚いたのですが、一体どのようにして、ハンドル、アクセル、ブレーキを制御して前の車両や白線を見ながら走行する仕組みを実現していったのですか?
当時、すでに「インテリジェント クルーズコントロール(ICC)」※3は商品化されていました。そのため、次はどのようにハンドル操作をするかが課題でした。これぐらいのカーブのR(曲線半径)ならこれくらいハンドルを切れば曲がれるとか、ハンドルをどれだけ切ったらどれだけ動く、だからこの道に対しては……など動きを想定し、実際にクルマを走らせて、評価して直して、また走らせて、というプロセスを試験場で何度も繰り返しました。
橋本さんの仕事は、具体的には「プロパイロット」に関わる技術のどの部分になるのでしょうか?
最初に基本となる制御ロジックを作りこむのが私の担当です。その後に、作った技術を走りこんで評価するということをしていきます。
「プロパイロット」などの技術は環境の認識技術も大切だと思うのですが、どのように開発しているのですか?
例えば、「プロパイロット」では自分が走行しているレーンの白線を認識するという事がカギとなります。そういったさまざまなデータ・技術を合体させて、一つのクルマとして成り立つようにしていく作業となります。環境を正しく認識する技術を基礎に、クルマの動きを作りこんでいくという形です。
最初の開発は本当に大変だったと思うのですが、どんなことが大変でしたか?
初めての開発ですので、本当に手探り状態でしたね。
クルマが動かなくなってしまって、なぜか通信が切れていたなんてことも一番初期にはありました。そうした事象と原因究明と対策確認を繰り返して、少しずつ積み重ねて作り上げていきました。
例えば白線を読み取るというのも難しくて、カメラで読み取っているので、出口に向かう白線を読み取ってしまったり、特殊な白線を読み取ってしまったりもします。どれを見たらいいかという認識性能もそうですが、それを滑らかに走らせるにはどうしたらいいのかという判断、制御の作りこみが必要となりますね。
「セレナ」に搭載された「プロパイロット」では、ハンドル操作の制御が全くの新しい開発となったと思いますが、どの辺が大変だったでしょうか?
制御には、カーブの形状に合わせてハンドルを切るといった先回りのフィードフォワード制御と、路面の乱れや傾きなどによる動きの乱れを抑えるフィードバック制御があり、両者のバランスをとる必要があります。どちらかを上げすぎると、曲がる際に道が傾いたり風が吹いたりしたときにハンドルが動いてしまうし、もう一方を上げすぎれば、直線でどんどんふらついてしまうという事が起きます。そのため、ドライバー目線でここがいいね!というバランスを決めるまでが手探りでしたね。もちろん日産で初めての開発でしたから、当時はそういった知識がないので、こうしたらどうなるかといろんなソフトを設計に作ってもらって試して、改善を重ねていきましたね。
あと実は、直線をまっすぐ走らせるというのも意外と難しいんですよ。
え!? そうなんですか?
人が直線を運転している時、実は人は人で無意識に修正しているんですよ。それを自動でクルマにさせようとしたときに、まっすぐな道なのにハンドルがたくさん動いたら気持ち悪く感じますよね? 一方で、ピシっとハンドルを固定してしまっては修正ができないといった具合です。この辺りの調整が大変でした。
「セレナ」で「プロパイロット」を実現するという事について大変だったことはありますか?
その後の「スカイライン」などは高級車として考えられているので、一つ一つのパーツなども違っているためより細かい制御が可能です。しかし「セレナ」はファミリーカーのため、価格帯を維持しつつ実現していくのは難しい面もありました。
でも、家族のために運転をする多くのお母さん方が安心して乗ってもらえるようにと搭載されることになったので、当時はその想いに応えるために開発をしていましたね。
開発をするときにターゲットの方を想像しながら作りこみをされることはありますか?
私は「このクルマにはどんな人が乗るかなあ」と意識しながら開発に取り組んでいます。このクルマだったらクルマや運転に慣れている人が乗るかな、いやクルマや運転に慣れていない人も運転するだろうから、優しい動き方にして不安にならないような走りにしてあげたいなとか。そして、運転が得意でない方や初心者が乗るだろうなというときは、動きはキビキビしすぎるよりゆったりしたものにしたりしますね。スポーティな走りを求める人が乗るかなと思えばそのように調整します。
他社の同様の機能と比べて日産の車間制御やハンドルの制御が自然であるといわれるのですが、その理由はなぜでしょうか
私が制御を作りこんでいくときには「自然」になることを意識しています。
誰かが運転しているクルマの助手席に乗った時に、「あれ?」って思う事ってたまにありますよね。運転支援技術でも、その「あれ?」がなくなるように適合させていくことを目指しています。やはり安心に感じる、自然に感じるというのが一番大切かなと思っています。
私自身も、家族や友人が運転するクルマに乗った時に「あれ?」と思ったり、「ちょっとブレーキ遅くない?」と思ったりする事もあります。ケンカになるので本人には言えなくても、仕事として取り組んでいる制御ならいくらでも設計にフィードバックをすることができます。もちろん私の運転がすべてというわけではありませんが、それなりの訓練をしているので、私が自然だなと思う走りを再現し作りこんでいくことが多いです。
ちなみにその調整ができるという事は、逆に機械っぽい動きや走りにすることはできるのですか?
実は今の「スカイライン」に搭載されている「プロパイロット 2.0」は、機械的にきれいに走っているような走りを目指しています。見えないレールの上をピシッと走っているように感じる、だから安心できるし、手を離しても大丈夫と思ってもらえるように作りこんでいます。そのためには自然な動きにすることが重要なのです。例えば、風などでクルマがふらついた時にハンドルが動きすぎて不安に感じないよう、ゆっくりハンドルを動かすという調整をします。開発時はその際の動きはどこまで許容できるかなどを詰めていきます。
自然な動きのスタンダードを決めるためにしていることはありますか?
チームの中でも、「こういう仕様を作ったので乗ってもらえませんか」と実際に乗ってもらうレベリングという作業を行っています。やはり自分が良い!と思っていても、ほかの人も良いと思うか、ほかのテストドライバーが乗った時にどう感じるか、または本当に初めての方が乗ったらどう思うかはわかりません。それを検証するレベリングは重要と考えています。
車種が変わると制御の味つけは変わるのですか?
やはり背の高いサイズの「セレナ」と「日産リーフ」では、自然な走りを実現するのは大きく変わってきます。ハンドルを同じだけ切るにしても動きが変わってきますので、その味つけは必要になります。
変な質問ですが、走りの味つけをするという事は、逆に「へたっぴな」運転を作ることもできるんですか? 作る必要はないとは思いますが……
(笑)実は開発初期のクルマはそんな状態から始まるんですよ。それを私たちが自然な形に育てていくようなイメージですね。制御の強さなどが未調整の段階では、「これはなんだ!?」という動きになる事もたまに起きますので、そこからベテランドライバーのような走りに成長させていくのが私の仕事です。
今は知見がたまってきていますし、カメラ等の検知をするシステムも進化していますので、開発をする際にはそこまで変な動きから作りこむという事は減っていますね。
「プロパイロット 2.0」はさらに大変でしたよね? 何が一番大変でしたか?
「プロパイロット」との違いは、車線変更ができる、手放しができるという事を実現しなければいけないという点でした。誰かが運転するクルマに乗っているような印象を与えられるようにしなくてはいけないので、安心と安全が絶対なんですよね。不安を絶対に与えてはいけないのです。
そのためにはどういう動きにするかを追求し、まるで運転がうまい人が運転しているかと錯覚するくらいに感じてもらわないといけないのです。
例えば、ハンドルが不自然にたくさん動くのも気持ち悪いし、一回でもブレーキが遅れたように感じたら不安になってしまうので、それがないように作りこむのが大変でしたね。
ボタン一つで車線変更をする機能は実際に乗ってみると驚く技術でした。一体どうなっているのか、どうやって実現していったのか、疑問ばかり浮かびます。
まずはクルマを動かしたい方向に切らせることから始めました。でもハンドルを切るってとっても難しいんですよね。テストコースでも、どれくらいの速さで切るのか、何秒かけて車線変更を終わらせたらいいのか、行った先の車線でちゃんと走行できるかなど、いくつもの課題がありました。
「プロパイロット」ではまっすぐな一つの車線を見つめて走りますが、車線変更させる場合は、隣の車線の白線もすぐに認識しなければならないわけです。行った先の車線を見つけられるかが課題でしたが、それを実現できたのは3D高精度地図データのおかげでした。
初めて公道で実際に車線変更の検証をするときは怖くなかったですか?
テストコースでの走行を繰り返していますので、怖いという意識はなかったですね。
ただ、もともと開発中は「信用しているけれど、信用しきってはいけない」という目線で常に評価しています。信用しきって評価したら正しい評価ができないので、「こんなことが起きたらどうしよう」という想定を常に頭に入れて行動していますね。課題が見つかれば、どこまで見よう、どう改善しようと考えますし、想定通りにうまくいったら、これがきちんと繰り返し再現できるようにとステップを踏んでいくんです。
車線変更の仕方・タイミングについて、ジャーナリストの方からも絶妙と言われることがありますが、一体あれは誰に合わせているんですか?
あれは、実は私がいいなと思った走りになっているんですよ。「ちょっと早いからもうちょいゆっくりにして」とか、「ちょっと遅くない?」というやり取りを設計と繰り返して、私が実際に車線変更をしたデータを基に設計しています。
という事は、橋本さんの車線変更はいつもあんな感じなんですね?
そうですね、基本的にいつもあんな感じですね。もちろん指標もありますので、そうしたものに当てはまるか確認しながらですが作りこんでいます。
実は今日ここに来るまでに「スカイライン」の「プロパイロット 2.0」を使いながら来たんです。車線変更のボタンを押すたびに、運転席に「橋本さん」がいたわけですね?
(笑)でも、そう思っていただいても言い過ぎではない面はありますね。
「プロパイロット 2.0」のパイロットは橋本さんだったわけですね! これから「プロパイロット 2.0」を使うたびに橋本さんが浮かびそうです。「プロパイロット」や「プロパイロット 2.0」を使われる方へのメッセージはありますか?
自動運転につながる技術である、運転支援技術を楽しんでいただけたらいいなと思っています。「自分で運転する方が楽しいよ!」と考える方もいると思うんですけれど、運転支援技術を使うとこんなに余裕が生まれるんだなという事を感じていただければ嬉しいです。例えば、いつもここまでしか遊びに行けなかったのに、楽だからもう少し先まで行こうかと思うなど、「これが自動運転だ!」と言いたいのではなく、皆さんの使う領域が増えたらいいのかなと思っています。
今日はありがとうございました。
次回は、カスタマーパフォーマンス&CAE・実験技術開発本部の大島 俊一さんと古賀 久裕さんに、実際の道でどのように運転支援技術を評価しているのかについてお話を伺います。
※1 プロパイロット説明
※2 プロパイロット 2.0説明
※3 先行車との距離を測定し、運転者がセットした車速を上限として、システムがアクセルとブレーキの操作を行い、車速に応じた車間距離を保ちながら走行します