Episode 4 ~共に切り開く、モビリティとその先へ~
地域に根差した「まちづくり」に情熱を注ぐ技術者たち
「ワクワクする先進技術とサービスで、人と人がつながり、夢があふれる住み続けたいまちの実現」を合言葉に、複数の企業と自治体が連携した「新しいモビリティを活用したまちづくり」が、震災からの復興を目指す、福島県浪江町を中心とした浜通り地域で行われています。大切にしている想いは、この地域に暮らす住民と一緒に考えていくこと。そして、各自治体の復興状況やニーズに合わせて段階的に進めていくこと。それを象徴する機能として、2022年5月27日に「浜通り地域デザインセンターなみえ」が浪江駅前に開設されました。3つの領域で取り組みをリードしている、総合研究所の宮下さん、鈴木さん、保坂さんに、その内容や想いについて、お話を伺いました。
皆さんは、どのような取り組みを推進されているのでしょうか?
宮下さん:
モビリティでの「移動」に関し、主に人やモノがどのように動けば効率的か、それが、まちの活性化に、どうつながるのかを検討しています。住民の皆さんが欲しいと思う、使いたいと思うサービスとは何かに耳を傾け、その実現に必要なアクションや検証を通して、将来のモビリティサービスの事業化検討を行っています。
鈴木さん:
モビリティを活用した再生可能エネルギーの利活用と、町のエネルギーの効率的な運用を検証しています。ここ浪江町には、太陽光や風力など、再生可能エネルギーの設備が多くありますので、それらを有効に活用した地産地消で持続可能なエネルギーマネジメントの仕組みを構築していきます。
保坂さん:
モビリティとエネルギーを軸に、持続可能な「まちづくり」のスキーム構築など、全体的な企画や設計、そして活動全体が上手く進むような仕掛け作りを、自治体や関連企業、団体の皆さまと連携しながら行っています。また、この地域コミュニティの活性化の一助として、町のイベントに参画するなど、地元との関わりにも積極的に携わっています。
自動車会社として、単にクルマを販売するだけでなく、その基盤からつくる取り組みのようですが、「まちづくり」に関しては、どのような想いを持っていますでしょうか?
保坂さん:
ここ浜通り地域は、2011年の東日本大震災での被災地域としては、津波被害も甚大でしたが、それ以上に原発事故の影響が大きく、浪江町への帰還が可能になったのは、発災から5年も経ってからでした。いまだに一部エリアは帰宅困難地域です。町の震災前の居住人口は2万人以上でしたが、今現在、戻ってきた人は1,900人弱と非常に少ない現状です。その意味でも「戻ってこられた方々」の想いを大切に、「これから、ここに住みたいと思う人」を増やせるような「まちづくり」をする必要がある、しなければならないと思っています。
モビリティサービスの領域では、どのようなことを行ってきたのでしょうか?
宮下さん:
地域活動を支える交通の基盤として「新しいモビリティサービス」の構築を目指し、2020年度からさまざまな実証実験を行っています。「なみえスマートモビリティ」と名付けたオンデマンド配車サービスで、スマートフォンのアプリやデジタル停留所から呼び出し、域内を自由に行き来することができます。3年目となる今年度は、事業化を見据えた最終段階として、通年を通して運行するとともに、より利便性を向上した施策も導入していきます。
事業化を目指すにあたり、2022年度は、重要な一年になりますね?
宮下さん:
全国各地でさまざまな実証実験が行われていますが、実験だけで終わってしまう事例も、多くあるように見受けられます。ここでの実証実験は、これまで3年の歳月をかけ、「町の人がどこに、どう行きたいか」「どういった時に移動したいのか」など、住民一人ひとりの想いや生活に寄り添ったサービス設計を行ってきました。また、ヒトの移動だけではなく、町全体が元気になるには、さまざまな「モノ」の移動も重要です。イオンさんや日本郵便さんとも協働して、買物した荷物も運ぶ「貨客混載」のサービス検証も行いました。
お買い物が便利になることは、サービスの一環として、とても良いアイデアだと思います
宮下さん:
特に過疎化や高齢化の問題をかかえる地方では、ニーズのあるサービスだと思います。昨年、浪江でのお買い物をもっと便利に、もっと楽しくとの想いで「バーチャル商店街」なる実証実験を、福島県浜通りで住民主体のまちづくりに取り組むNoMAラボさんや凸版さんと一緒に行いました。浪江の請戸漁港に水揚げされた鮮魚を販売する「柴栄水産」、「イオン浪江店」や「道の駅なみえ」の売り場にカメラを設置し、リアルタイムにタブレットを確認しながら購入、それを「なみえスマートモビリティ」で家まで運ぶ、という実証実験は、非常に好評でした。
地域内での経済効果も上がりそうですね。それ以外にも、住民の皆さまから、さまざまな要望があったと思います
宮下さん:
震災前の浪江町は、浜通り地域でも有数の飲食店街でした。震災とともに、その数は激減してしまいましたが、人が戻ってくると、誰かと一緒に楽しく食事やお酒を楽しみたい、という気持ちにもなり、それが重要な「移動目的」にもなります。そうした声を反映して、現在は、木曜、金曜、土曜は、21:30までサービスを行っています。
住民の想いに応え、柔軟な対応をしているのですね
宮下さん:
新しい技術やサービスを「最新で良いでしょう」と押し付けても、住民の想いや暮らしに合わなければ、何の役にも立ちません。ニュータウンのように、新しいまちをゼロから造るなら、そのシステムに人が合わせてくれるかもしれませんが、すでに生活のリズムやコミュニティ、それぞれの想いがある地域でのまちづくりは、住民ファーストで考えなければ、持続可能ではありません。ここに来て、我々メンバーが一番強く感じたことです。
そういう意味では、エネルギーマネジメントとは比較的新しい領域だと思いますが、どのようなことを行っているのでしょうか?
鈴木さん:
昨今カーボンニュートラルやSDGsの活動に注目が集まっていますので、新しい取り組みに感じるかもしれません。浪江町では、自治体と一緒に、EVの充放電システムを活用したクリーンエネルギーのマネジメントシステムの実用化検証を行っています。再生可能エネルギーの利活用は、これからのまちづくりにおいて重要なファクターであり、住民の皆さまにも仕組みや特徴を理解してもらい、活用していただくことが必要と考えています。
具体的には、どのようなことをしているのでしょうか?
鈴木さん:
日産が開発した充放電制御システムを「道の駅なみえ」に導入し、浪江町の公用車であるEV「日産リーフ」を「道の駅なみえ」に設置されている太陽光パネルや風力発電などの再生可能エネルギーの発電設備に連携させます。公用車の走行状態や、バッテリー残量、「道の駅なみえ」の電力需要など、さまざまなデータをモニタリングしながらエネルギーの効率運用を検証しています。
何だか難しいですね……
鈴木さん:
ですよね(笑) 浪江町は、原発の影響を受けたということもあり、再生可能エネルギーの利活用に前向きです。EVの大容量バッテリーを蓄電池としても捉え、クルマと設備が繋がり、自立したAIが電力を無駄なくコントロールする、それが町全体の施設などに広がれば、浪江町の目指す、「エネルギーの地産地消」「ゼロカーボンシティ」に貢献できると思います。
単にエネルギーを貯めるだけでなく、充放電を効率的に行うのですね
鈴木さん:
再生可能エネルギーの効率的な活用は、カーボンニュートラル実現にとっての命題です。また、エネルギーの地産地消は、その地域の自立性も高めることになります。先日オープンした「浜通り地域デザインセンターなみえ」も、EVに電力を貯め、使うことができる設備を備えていますが、同じような設備が充足されていくといいなと思っています。
その「浜通り地域デザインセンターなみえ」は、どのような役割を担うのでしょうか
保坂さん:
「移動」は宮下さん、「エネルギー」は鈴木さんというプロフェッショナルがいますが、まちづくりにとって、もう一つ重要な要素が、「まちのにぎわい」です。単に新しいものが出来ればよいという訳ではなく、それが地域に溶け込み、受け入れられていく必要があります。先日、東京大学と共に開設した「浜通り地域デザインセンターなみえ」は、そういった想いを形にする場であり、「移動」と「エネルギー」がまちづくりと融合される場所になると考えています。住民の皆さま、自治体の方、地元の企業や団体が、みんなで一緒に課題を論議し、解決し、未来を創造する場となればと願っていますし、そうなるように、尽力していきたいと思います。
最後に、まちづくりは、地に足の着いた活動でなければいけないと感じましたが、改めて、取り組みを進めるにあたって、大切にしていることをお聞かせください
保坂さん:
これまで、たくさんの住民の皆さんと意見交換をさせていただいておりますが、その中で胸に刺さる言葉がありました。
「浪江のどこが好きかと聞かれたら『今』が好きだ。毎日変わりつつある今の瞬間の浪江が好きだ。今後、ここが、どのような『まち』になるかを期待することを、生きる糧にしながら年を重ねていきたい」
こんな風に思っている住民の皆さんに、少しでも喜んでもらえる「まちづくり」をしたい、そして、このまちの未来に、これからも日産が微力ながら関わっていけたらと思います。
浜通り地域デザインセンターなみえ ダイジェスト動画
プロフィール
※役職等は取材当時
宮下 直樹
総合研究所 研究企画部 主管
2001年日産自動車入社。
車両先行技術開発に従事、「日産リーフ」の「e-Pedal」などを創出。
2019年よりモビリティサービス開発に従事。
保坂 賢司
総合研究所 研究企画部 主任研究員
2002年に日産自動車総合研究所入社。
電動駆動用リチウムイオン電池の研究、先行開発、性能開発を歴任。
2020年に浪江プロジェクト推進を含む都市交通研究に従事。
鈴木 健太
総合研究所 EVシステム研究所 主任研究員
2003年に日産自動車入社。
Vehicle Grid Integrationを推進する国内外のプロジェクトに従事。